後継者の覚悟のより処がない!

公開日:2015/05/14

更新日:2019/04/14


こんにちは。

売上と社員のやる気を一度に伸ばす事を支援する
ウィズスマイル降旗(ふるはた)です。

事業承継を考えていて、
後継者の候補者がいる経営者の方から、
よく聞く言葉。

「(後継者にと考えている)息子(婿、親族)が、
後継者、経営者として覚悟さえ決めてくれればねぇ、、、」

会社を継ぐ、経営者になることについて、
後継者と考えている人が覚悟を決めないので、
後継者として決めれらないというのです。

 

覚悟というのは、

「 危険なこと、不利なこと、困難なことを予想して、
それを受けとめる心構えをすること」(大辞泉)

です。

このブログでも、
「覚悟」の意味は何度か取り上げていますよね。

 

多くの経営者が、
後継者が覚悟することを望んでいます。

しかし、後継者は覚悟なんかできません。
「覚悟する」「覚悟を決める」ということは、
危険、不利、困難なことを、
自らが受け入れると決めることですよね。

例えば、

沈没する「タイタニック」に乗船していて、
救命ボートもないとなれば、
逃れられない状況を受け入れ、
死を覚悟するということはあるでしょう。

時代劇や武士が題材の映画では、
武士道や主君への忠義をまっとうすることに、
自からの信念が沿うときに、
やはり死を覚悟する場面がありますよね。

自ら受け入れると決める、決断するには、
逃れられない状況や、
無視できない心のより処があるからです。

状況を受け入れなければならない必然性が、
そこにはあるから、
「覚悟」につながるのですね。

 

「覚悟」をしたとしても、
それをまっとうすることは、
私たち凡人には容易なことではありません。

沈没直前の「タイタニック」で、
逃れるすべがなく「死を覚悟」していても、
もし助かる余地がわずかでも見つかれば、
それを求めようとするでしょう。

死を覚悟してれば、
そんな状況でも落ち着いて死を待つでしょうが、
そういうことは、
なかなかできることではありません。

主君への忠義とはいえ、
助かる道を求めるでしょう。
静かに死を待つなんてことは、
なかなかできることではありません。

「死」という例を出していますが、
それ以外のことでも、
「覚悟」をまっとうすることは、
簡単にできることではありませんね。

単純に「覚悟」はできないものです。

 

事業承継の場合はどうでしょうか?

後継者が、
社長を継ぐことを受け入れなければならない、
避けられない状況があるでしょうか?

そのような状況はありませんね。

息子、婿、親族が、
後継者である必要は、
どこにもありませんから。

事業を売却することも、
会社そのものを廃業することも、
選択肢として無いわけではありませんから。

 

親子だから。
親が作った会社だから。

これには、後継者が経営者になることを、
受け入れなければならない必然性はありません。

後継者が社会にでるときに、
就職を本人の自由でさせていたなら、
後継者の心理面でも、会社を継ぐ理由は弱いでしょう。

継がなければならない必然性はありません。

経営者になる覚悟をするだけの、
要素も必然性もないのですから、
後継者が「覚悟」をすることはできません。

親のあなた、
経営者のあなたがどんなに望んでも、
後継者はそもそも「覚悟」できません。

 

「覚悟した。覚悟できた」と、
もし後継者が言ったとしたら、
逆に疑うくらいのことです。

必然性のない「覚悟」は、
容易に崩れ去るでしょうから。

「覚悟」を求めても、それは無理です。

そもそも、
誰が好き好んで、
危険なこと、不利なこと、困難なことを、
受け入れようとするのでしょうか。

受け入れなければならない必然性が、
そこには必要なのですね。

 

「経営者、後継者としての覚悟」

こんな言葉は忘れてください。

これは、
自分は経営をしたことがない、
経営の現場を知らない、
コンサルタントや先生と呼ばれる方が、
受け売りで言っているだけです。
こんな言葉に、期待や希望を持たないでください。

こんな言葉で、後継者が見つからない、
後継者を決められない理由を、
作らないでくださいね。

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